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大阪地方裁判所 昭和48年(行ウ)4号 判決

原告 棚橋国松

被告 大阪府知事

訴訟代理人 井上郁夫 外三名

主文

一  本件訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

1  被告が、昭和四七年一二月四日原告に対してなした、宅地建物取引主任者資格試験不合格の判定を取消す。

2  被告は原告に対し金三〇万円を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決

二  被告

1  本案前の申立て

主文同旨の判決

2  本案の答弁

(一) 原告の請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第二当事者の主張

一  原告の主張

1  請求原因

(一) 被告は、昭和四七年一一月一二日宅地建物取引主任者資格試験(以下本件試験という)を実施し、原告は、右試験を受けた。

(二) ところが被告は、本件試験における試験問題中、第四問と第二一問についてその正解を間違え、そのため原告を不合格とした。

すなわち、第四問「木造の三DK住宅をコンパクトに設計し、六畳、六畳、四・五畳の三間をとる場合、最小限必要な床面積は次のうちどれか。(一)四〇平方メートル、(二)五〇平方メートル、(三)六〇平方メートル、(四)七〇平方メートル」という出題に対し、正解を(二)五〇平方メートルとした。しかし設問の三間合計一六・五畳にダイニングキツチン四畳、玄関一畳、押入一・五畳、便所一畳を加算すれば、二四畳となるところ、畳には、長さ五尺八寸(一七六センチメートル)幅二尺九寸(八八センチメートル)の東京畳のほか中部地方の畳、関西畳等があつて、全国的に統一されていないが、コンパクトという意味からすれば東京畳で計算するのが相当であり、東京畳一畳の面積は約一・五一平方メートルであるから、二四畳で三六・三六平方メートルとなり、浴室分一畳約一・五一五平方メートルを加えても三七・八七五平方メートルである。コンパクトで最小限必要な床面積ということであれば、ダイニングキツチン、玄関、押入、便所等は、右よりもつと狭い面積でも可能であるから、(一)の四〇平方メートルが正解となり、(二)五〇平方メートルのみを正解としたのは誤りである。

また、第二一問は、「建物の所有を目的とする土地の賃貸借について、次のうち誤つているのはどれか。(一)当事者間で期間の定めをしなかつたときは、他に特別の定めがない限り、賃貸借の存続期間は六〇年とされる。(二)賃貸借契約満了前であつても、建物が朽廃したときは、借地権はその時に消滅する。(三)借地契約の期間については、最長期の制限はないから、期間一〇〇年という契約も無効ではない。(四)借地契約期間満了後の期間の更新であつても、存続期間五年といつた短期の契約は許されない。」という出題に対し、正解を(一)とした。しかし、借地法第二条第二項によれば、契約期間の定めがあれば契約期間中に建物が朽廃しても借地権は存続するのであり、第二一問の正解は(二)ということになる。(一)を正解とするのは借地法第三条を根拠とするのであるが、この規定は防火地域、市街化区域等のように堅固な建物しか建てられない地域については、意味がなくなつてきている。故に(二)を正解としなかつたのは誤りである。

もちろん原告は、本件試験問題の第四間については(一)を、第二一問については(二)を正しく解答したのであり、この二問を正解とすれば、原告は、本件試験の合格点である四〇問中二四問以上の正解を解答したこととなるのである。しかるに被告は、右に述べたように、この二問について正解を正解として採点せず、その結果、昭和四七年一二月四日、原告に対して、本件試験不合格の判定を行なつた。しかし、この不合格の判定は違法であるから、その取消を求める。

(三) もし被告が、本件試験問題の採点に当り、正解を正解として採点していたならば、原告は本件試験に合格し、昭和四七年一二月四日の合格発表の日から宅地建物取引主任者として営業に従事できたはずである。そして、これによつて現在の月収より少なくとも月額三万円以上の収入増があつたものと確信されるところ、本件訴訟の確定までにはおおむね一〇か月はかかると思われるので、原告は、被告の前記違法な不合格判定により蒙つた損害として、この間の得べかりし利益三〇万円の賠償を求める。

2  被告の本案前の主張に対する原告の反論

(一) 本件試験は、宅地建物取引業法第一六条等の規定に基づいて行なわれ、本件試験に合格した者に対してのみ宅地建物取引主任者として業につくことを認めているのであるから、その合格判定は、行政法令等によつて相対的禁止を特定の場合に特定人に解除する行為であり、まさしく裁判所法第三条の法律上の争訟の対象となるものである。

また、本件試験の合格不合格の判定は、行政庁の自由裁量によるものではなく、法令によつて行なわれるものであり、仮に自由裁量によるものとしても、被告の原告に対する本件試験不合格の判定は、その裁量権を踰越または濫用する違法な行政処分であつて、司法審査の対象となるものと解すべきである。

本件試験は、主として法令上の知識についての試験であり、もつぱら裁判所の専門的分野に属するものであるから、明らかに司法審査の対象となる。

(二) また被告は、行政庁である大阪府知事を被告として損害賠償請求の訴えを提起することは許されないと主張するが、原告は地方公共団体である大阪府の代表者、首長としての大阪府知事として損害賠償請求の訴えを提起したのであり、大阪府とその代表者である知事とは一つの組織体で別箇の組織体でないから、被告の右主張は失当といわなければならない。

二  被告の主張

1  本案前の主張

(一) 原告は、本件試験の不合格判定を取消すよう求めている。ところで、裁判所が審判をなしうる対象は、裁判所法第三条にいう「法律上の争訟」に限られ、いわゆる法律上の争訟とは、法令を適用することによつて解決し得べき権利・義務に関する当事者間の紛争をいうから、法令の適用によつて解決するに適さない技術上または学術上の争いは裁判所の裁判を受けうる事柄ではない。本件試験の如き資格試験における合格・不合格の判定もまた、学問または技術上の知識・能力・意見等の優劣・当否を判断することを内容とする行為であるから、その試験実施機関の最終判断に委ねられるべきものであつて、裁判所がその判断の当否を審査し具体的に法令を適用してその争いを解決調整できるものとはいえない。したがつて、原告の本訴請求のうち、本件試験の不合格判定の取消を求める部分は、裁判所の審理判断すべき事柄でないことについて裁判を求めるものであり、許されない。

(二) 原告は、被告大阪府知事を相手に損害賠償請求をしているが、試験の合格不合格の判断を裁判所が審査することができない以上、その判定自体の誤りを前提とする損害賠償請求もまた許されないものといわざるをえない。そればかりでなく、行政庁である大阪府知事を被告としてかかる訴えをなすことは許されない。

2  請求原因事実に対する答弁

(一) 請求原因(一)は認める。

(二) 請求原因(二)については、第四問第二一問として記載されている問題が被告の実施した本件試験の問題として出題されたこと、被告が昭和四七年一二月四日原告に対して本件試験の不合格判定をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(三) 請求原因(三)の事実は否認する。

第三証拠〈省略〉

理由

一  本件訴えの適否について判断する。

原告は、被告が原告に対してなした本件試験不合格の判定の取消を求めているが、その理由とするところは、本件試験問題中二問について、原告の解答が正しいのに被告がこれを誤りとして採点した点に瑕疵があるというのである。しかし、本件宅地建物取引主任者資格試験は、受験者が宅地建物取引業に関して必要な学問上技術上の一定の知識能力を有しているか否かを審査することを目的とするのであるから、その合格不合格の判定は、もつぱら学問的技術的見地より判断されるべきものであつて、事柄の性質上試験を実施した機関の最終的判断に委ねられるべきである。したがつて、本件試験における合格不合格の判定の当否についての争いは、法令を適用することによつて解決できるものとはいえないから、裁判所法第三条にいう法律上の争訟に当らないと解すべきである(最高判昭和四一年二月八日第三小法廷判決、民集二〇巻二号一九六頁参照)。

すると、本件試験の不合格の判定の取消を求める訴えは、裁判所の審査できない事項について救済を求めるものであるから、不適法といわなければならない。

また本件試験の合格不合格の判定を裁判所が審査できない以上、その判定自体の誤りを前提とする損害賠償の請求も理由がないことが明らかであるが、この種の訴えは権利義務の帰属主体である大阪府を被告とすべきもので、行政庁である大阪府知事を相手とすることは許されない。されば、損害賠償請求の訴えも不適当といわなければならない。

二  よつて本件訴えは、いずれも却下し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石川恭 鴨井孝之 紙浦健二)

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